出向(しゅっこう)とは何か?制度の目的やルールをくわしく解説
2022-10-17
大後 ひろ子
C-OLING代表 ブランディングコンサルタント
労務雇用管理
終身雇用が当たり前だった時代とは異なり、最近は自身のキャリアアップのために転職を希望する人が多くなりました。しかし、今の会社を辞めずにほかの会社で働ける方法があることをご存じでしょうか? こちらの記事では、キャリア形成や人材育成の面からも注目を集める「出向」について、制度の仕組みや実際の運用についてわかりやすく解説します。大切な従業員をひと回り大きく育て、会社の成長につなげましょう。
そもそも、出向って何?
出向は、業務命令によって従業員を自社の関連企業へ異動させることです。一般に「在籍出向」を指すケースが多く、自社との雇用契約はそのままに、従業員には子会社やグループ会社などで仕事をしてもらいます。
出向を命じられた従業員は、仕事内容や人間関係など周囲の環境が大きく変化します。これに伴い、従業員の身体的・精神的負担も大きくなることが予想されるため、事前にしっかりとした説明を行い、本人の意思を確認することが大事になります。
出向の目的
出向の目的は、大きく分けて4つあります。「キャリア形成(人材育成)」「経営再建(人事戦略)」「企業間交流」「雇用調整」のうち、何を目的に従業員を出向させるかによって人材選びも変わってきます。
キャリア形成(人材育成)
キャリア形成を目的とする場合は、20〜30歳代の若手社員を出向させることが多いです。子会社やグループ会社で働くなかで将来的に役立つ知識・能力を身につけ、幅広い視野をもった人材の育成を目指します。新しい職場でトライ&エラーを繰り返すうち、コミュニケーション能力やマネジメント能力も養われるでしょう。
経営再建(人事戦略)
出向先の会社の業績アップを目的として、経験豊富でリーダー的な従業員を出向させるケースがあります。経営面・技術面ともに信頼できる従業員が出向先で指導を行うことにより、子会社やグループ会社の業績改善が期待できます。出向先・出向元の双方にメリットをもたらし、連携強化にもつながります。
企業間交流
出向は、新たな取引先や子会社との信頼関係を深めることを目的に行われることもあります。従業員にとっては経験値アップや人脈づくりなどのメリットがあり、会社としては従業員を通して先方との意思疎通が円滑になるなどのメリットがあります。
雇用調整
会社として従業員の雇用維持が難しいと判断した際、雇用調整を目的に出向が行われるケースがあります。このケースでは給与の支払いを出向先の会社が担う「転籍出向」が選択されることが多く、出向元の会社は従業員を解雇せずに給与の支払いを免れることができます。出向は従業員の生活を守りながら会社のコストを減らす目的にも活用できるのです。
出向には2種類ある
一般に「出向」といえば出向元の会社に在籍したままの「在籍出向」を意味します。出向にはこのほか、従業員との労働契約を出向先の会社に譲渡する「転籍出向」があります。
在籍出向
在籍出向では、従業員が元の会社に籍を置いたままの状態で出向先の会社で働きます。出向元の会社・出向先の会社で出向契約を結び、労働契約の一部を出向先の会社に譲渡する形になります。在籍出向は元の会社に戻ることが前提であり、あらかじめ出向期間が決められています。
従業員の身分は出向元の社員ということになりますが、出向先で働く際には現場の指示や命令に従います。1日の労働時間や休日などの労働条件については、双方の会社が相談して決めてよいことになっています。
転籍出向
転籍出向では、従業員は元の会社との関係を解消し、転籍する会社の従業員として働くことになります。元の会社・転籍先の会社で転籍契約を結び、労働契約のすべてが転籍先の会社に譲渡されます。元の会社との労働契約が解消されることから、実質的な退職といえます。
出向中の給与について
出向中の従業員に対する給与の支払いは、法律などに明確な規定がありません。ただし、給与は労働に対する対価との定義があるため、出向先の会社が負担するケースが多いようです。もしも給与のベースが異なる場合には以下のように対応します。
直接支給
給与は出向先の会社が従業員に支払います。差額分があれば出向元の会社が追加で支払います。
間接支給
給与は出向元の会社が従業員に支払います。出向元が負担した給与に相当する金額は、出向先の会社から出向元の会社に支払われます。
出向中の社会保険について
出向中の従業員の社会保険料については、それぞれ取り扱いが異なります。
健康保険・厚生年金保険
健康保険と厚生年金保険はどちらも、従業員に直接給与を支払っている会社が負担することになっています。「直接支給」にしているなら出向先の会社が負担し、「間接支給」の場合は出向元の会社が負担します。
雇用保険
従業員の給与を「直接給付」にしている場合は、出向先の会社が雇用保険料を支払います。そのほかのケースでは、実際に支払っている金額が多いほうが負担します。出向元・出向先の両者で給与を負担している場合は、どちらが保険料を支払うかきちんと確認しておく必要があります。
労災保険
労災保険料は、出向先の会社が負担します。これは労働契約法において定められており、従業員に給与を直接支払っているかどうかに関係なく、実際に労働の提供を受ける出向先の会社に保険料の支払い義務が生じます。
出向命令を出すにはどうする?
自社の従業員に出向(在籍出向)を命じる場合は、以下の2点に注意しましょう。
出向命令権があるか
たとえ社長であっても「出向命令権」がなければ従業員に出向を命ずることはできません。以下の条件を満たしていれば、出向命令権があると認められます。
- 雇用契約書または就業規則に「出向命令権」の記載がある
- 出向先の会社で働くことが従業員の不利益とならない
必要性・正当性があるか
出向を命ずる場合には「業務上必要なものか」を正しく判断したうえで、合理的な人選を行います。従業員に不利益をもたらす出向は会社側の権利の濫用とされ、出向命令は無効となります。出向先の会社における労働条件や従業員の生活環境などにも十分に配慮する必要があります。
「出向」を前向きに捉えられるよう、制度の目的を正しく周知しよう!
出向については、まだまだネガティブなイメージを持つ人が多いようです。そのため、いきなり出向を命じれば「左遷」などと勘違いされてしまい、従業員の心に大きな傷を残すかもしれません。しかし、キャリア形成の意味合いもある在籍出向は、従業員にも会社の将来にもメリットをもたらす制度です。会社として適切な人材を選ぶとともに、制度を活用する目的をきちんと伝えるようにしましょう。